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2月4日もあと少しで終わってしまう頃、私はイタリアにいた。ディーノのお家のメイドさんに案内された部屋で、ふかふかのベッドでうつ伏せになって目を閉じる。 1階でディーノの誕生パーティーが行われているとは思えないくらい部屋の中は静かでなんだか一人ぼっちみたいに思えてくる。誕生日なのに、大好きな人の誕生日なのに、私は今日ディーノに 誕生日おめでとうと言うことも、日本から持ってきた誕生日プレゼントを渡すことも、会って話すことすら出来ていなかったのだ。


一応仕事みたいなものだからあんまり構えないと思うけど、とディーノに言われたのを思い出した。あんまりどころすら全然構ってもらえないじゃないか。
この日のために彼が用意したドレスに靴にアクセサリーその他もろもろ。 髪の毛だって自分じゃ絶対できないようなかわいいヘアスタイルにしてもらって、メイクをして、9センチのパンプスを履いた。 もう、メイクを落としてしまおうか、滅多に付けないつけまつげが重いと感じてしまう。女子力というものが欠けているからなのか、ぺりぺりとつけまつげを外しながら思った。



ディーノの、ばか。







1月のある日、ディーノに春休みはいつからなのかと聞かれて、1月28日くらいからだよって言ったら彼はすごく嬉しそうに笑って「なあ。2月、イタリアに来ないか?」って私に問いかけた。


「2月4日に俺の誕生パーティーがあるんだよ、せっかくだし、と過ごしたいんだ」
「それって、私、行ってもいいの・・?」


パーティーなんて行ったことないからドレスとか持ってないし、浮いちゃいそうだし、第一私みたいな普通の女の子が居てもいいのかな。 悶々とそんなことを考えていたらどうやら顔に出ていたらしく、ディーノは笑って「何言ってんだよ、は俺の恋人だろ?」と言って私の髪をくしゃくしゃにした。
恋人ってさらっと言われたのにちょっぴり恥ずかしくなったけどその反面すごくうれしくなって、私は照れ隠しに「髪の毛、くしゃくしゃになっちゃうからやめてよ」と言った。






高校の修学旅行で沖縄に行ったときに乗った以来の飛行機、日本からイタリアまで直行とかすごい。
空港ではロマーリオさん達が迎えに来てくれた。ディーノは、仕事が終わってなくて来れないらしい。 黒塗りの車に乗り込んで、ディーノのお家に向かった。ディーノの家、というかお屋敷みたいな。それは思っていた以上に大きかった。なにこれ、すごい。 メイドさんに案内してもらった部屋の広さにも驚いた。家がこんなに大きいのだから部屋も広いとは思っていたけど、私の住んでいる1Kのアパートなんてくらべものにならない。


「お風呂の準備もしてありますので、今夜はお疲れでしょうからごゆっくりとお休みください。」

「あ、ありがとうございます。あの、お聞きしたいんですけど・・」

「はい、何でございますか?」


「明日って何人くらいお客様来るんですか・・?」

「私も詳しくは伺っておりませんが、600人前後ではないかと・・」


「そ、そうですか・・ありがとうございます。」

「では失礼いたします。何かございましたらお申しつけください。」


一礼をしてメイドさんは部屋を出ていった。ベッドに座って、ふう、と息をついた。これ、私明日大丈夫なのかなあ・・いろいろ話したいことがあるのにディーノはいない。 お仕事、どれくらいまでかかるんだろう・・日付が変わったらお誕生日おめでとうって直接言いたかったのに。 いつもみたいに日本とイタリアじゃなくて、すぐ会える距離にいるのに会えないっていうのも辛い


「お風呂、入ろう・・」








次の日、結局私はディーノに会えないままパーティーが始まった。会場は人で溢れかえっていて、主役の彼を探すことすら難しかった。見つけたと思ったらどこかの 会社の偉そうな男の人を話していて、さすがに入ることなんて出来なかった。
主役のディーノが一人になる時間なんてなくて代わる代わるいろんな人と話していて、その中には 女の人もいた。やたら胸元の開いたドレスを着て、遠目でもわかるくらい濃いお化粧をした顔でディーノに愛想を振りまいていた。あれ、絶対胸当ててるし、本人なんか嬉しそうだし。
9センチのハイヒールなんて滅多に履かないから足が痛い。
ディーノの顔を見たくなくて、ウェルカムドリンクとして出されたシャンパンを二口だけ飲んでパーティー会場を後にした。





いつの間にか寝てしまっていたらしい。布団もなにもかけずに寝てしまったから寒さで目が覚めた。 真っ白のシーツに薄いピンクのチークとファンデーションの色が移ってしまっていてちょっと申し訳なくなった。起き上がって時計を見るともう10時過ぎ。結構寝ちゃったなあ・・ パーティー、まだやってるのかなあ。この様子だと今日も会えない気がしてきた。せっかく、イタリアに来たのに。会えないまま帰るなんてあんまりだ。飛行機に乗っていたときの私のときめきとわくわくを 返してほしい。


ちょっとだけ泣いて、メイクしてるのを忘れて思わず目を擦ってしまった。横に伸びたアイラインと目の周りに散らばったアイシャドウのラメ。私の顔は最悪でとりあえずメイクだけでも落とそうと洗面所に向かった。 最悪なことが一つあると、それに重ねるように最悪なことが起きるものだ。コンコン、と部屋のドアをノックする音の後に「、いるか?」とディーノの声が聞こえた。


えっ、あっ、え、と、ど、どうしよう大変だ!数時間前にきれいに巻かれた髪は寝起きで中途半端にふわふわしていて、目元のメイクはぼろぼろ、ついでにストッキングは伝染している。 こんな状態、すっぴんを見せるより最悪だ。むしろすっぴんのほうが何倍もましだよ!!最悪だ。どうしよう!!!どうしようもないよ!


?開けるぞ?」
「えっ、あっ、」


がちゃりとドアを開ける音がした。もうだめだ!とりあえずベッドのほうに行こう、そして後ろを向いているくらいしかない!咄嗟のことに 私の思考回路はめちゃめちゃでこれくらいのことしか考えられなかった。ばたばたばたと走ってうつむいたのとディーノが扉を開けて部屋に入ってくるのはだいたい同じ時間だった。


、」

声をかけても何もしゃべらないで後ろを向いている私を怒っていると思うのかな、ちがうんだよ、いや、ちがわないんだけど、なんていうか、ほんと。



、ごめん」


ディーノの腕が私の体に回されて、抱きしめられた。「ごめん、昨日から全然会えなくて。怒ってるよな?」 やっぱり。私は回された彼の腕をきゅっとつかんで彼の名前をぽつりとつぶやく。そのあとに何を言えばよくわからなくて何も言えなくなってしまった。一回深呼吸をして落ち着こう、と思って 息を吸うとなんだか、ちがう匂いが私の鼻を掠めた。


「女の人の、においがする。女物の香水と、化粧品のにおい。あと、胸当てられてまんざらでもない顔してたでしょ。」
「えっ?あ、」
ちょっとディーノが狼狽えて、頭を掻く。そりゃああれだけ女の人にくっつかれたら匂いだって移るよね。香水とかきつそうだし。あれだけ大きい胸当てられたらそりゃいいでしょうね、 どうせ私はあんなに大きくないですよーだ。


「別に、怒ってなんてないもん、会えなかったのだってお仕事だし、女の人のことだって、ディーノも男の人だから、しょうがないし」 怒ってないもん、ともう一回最後に付け足してつかんでいた腕の力を強くした。


ディーノは私の名前を呼んで、露わになっている首筋にキスを落とした。そうして後ろを向いている私の体を自分のほうに向けて、
あれ、これもしかして、やば、くない?多分きっと絶対キスされるよね?


私の顔を包み込むみたいにしてキスをしようとしたときに私は思わず「まままままって!!!!」と裏返ったしょうもない声が出てしまった。



「待って、あの、えっと、今ちょっと、顔がひどいの、ちょっとまって!!」
自分の手を顔を隠そうとしたけど、間に合わなくて、ばっちり私のひどい顔を見られた。ディーノは私の顔を数秒見て、ちょっぴりの間。くくっと笑って「ひでえ顔してる」と言ったのだ。


「だから待ってって言ったのに!ばか!!会いに来てくれないし!!おっぱい当てられて嬉しそうな顔してるし!!ばか!!」

わあわあ言いながらぽろっとこぼれた本音が余計に恥ずかしさに拍車をかける。 私のちいさな本音を聞き逃さなかったディーノは笑いながらも私をぎゅうっと抱きしめてちゅっと触れる程度のキスを落とした。


「まぁ、俺はどんなも好きだぜ?たとえ目の周りが真っ黒でもな」
つん、と人差し指で私の崩れたアイメイクを指してけらけらと笑ったディーノを見て私もつられて笑った。すっぴんは何度も見られてるけど、ぼろぼろにメイクが崩れた顔を 見られたのは初めて。すっぴんより泣き顔よりひどい顔をしてたけどそれも全部好きだと言ってくれたディーノを私は笑った。



「なあなあ、誕生日祝ってくれねえの?」
「えっ、あ、すっかり忘れてた。お誕生日、おめ・・」全部言い切る前にやっぱりだめ!!と言葉を遮る。やっぱりやだ、こんな顔でなんて。女の子だもん、恋人の誕生日を祝うんだもん、 それなのにこんなの私が嫌!


「お風呂、はいってくるから、それまで待ってて」
「ったく、日付変わるまで、あと1時間半しかねーぞ?」
「私そんなお風呂長くないもん!あ、あとディーノも!!お風呂入ってよ!!そんな香水の匂いつけてぎゅーってされたくないもん」


するりとディーノの腕の中から抜けてお風呂場に向かった。向かう途中に「じゃあ一緒に入ろうぜ」って笑いながら問いかけてきたけど私はくすくす笑いながらやだよー!と言った。


結局すっぴんだけど、とびきりきれいにメイクも落としてくるからもうちょっとだけ待っててね?




「生まれてきてくれてありがとう、ディーノ。」





\Buon Compleanno!/
|130207  ちさと|