つめたい風が肌を刺すように吹く12月の中旬、私は中学生のころから伸ばしていた髪を切りに美容室に行った。
胸の下までかかっていた長い髪にハサミが入っていくときは少しどきどきして、目を閉じる。
それなりに明るかった茶髪を暗めのアッシュブラウンにして鎖骨の下でワンカールのパーマをかける。
仕上げのブローが終わるころには2時間半前の自分ではなかった。
滅多に使わないブラウンのマスカラ、ピンクのチーク、薄いミルキーピンクのグロス。小さいリボンモチーフのピアスをつけて大学の講義室に入る。
友達に失恋でもしたのと聞かれて「気分転換やって」と答えた。
私自身は失恋なんてしていない。先週、失恋したのは幼馴染の財前光だった。家が隣同士だった私と光は小さい時から同じ時間を過ごした。
手をつなぎながら幼稚園に行って、一緒に帰る。中学生になってからは光が男子テニス部に入って、私はマネージャーになった。
暑い暑い言いながらひとつのアイスを二人でかじりながら帰った帰り道、くやしくて散々泣いた全国大会、しょうもないことで喧嘩して、いつも私が折れてた。
涼しい顔も笑った顔も照れた顔も全部知ってる。お互いに彼氏ができたり彼女ができたりした時もあったけれどどちらも長続きしなくて、なんだかんだ私の隣には光がいた。
いつも女の子に告白されて付き合って別れるを繰り返してた光が、恋をした。一つ上の先輩だった。暗めのアッシュブラウン、鎖骨の下でかけられたワンカールのパーマ。
二人で話している時の光の横顔は見たことの無い表情で、声をかけられないまま私は一人で帰った。
「光」
月曜日は私も光も3限で終わりの日。講義室から出てきた光に声をかけると光は私の顔を見て驚いた顔をした。
「髪、切ったん」
そのまま大学を出て、何も話さないまま歩く。一歩先を歩く光の後ろ姿を見てその背中に抱きつきたくなって、冷たい風が私と光の間を通り抜けるたびにどうしようもなくなった。
数メートル先の角を曲がったらもうすぐ家に着いてしまう、すぐそこまできている言葉と中学生の時からの感情がぐるぐる頭の中を回って、回って。道の角を曲がる寸前に、私は光の腕を掴んだ。
振り向いた光の顔はまっすぐ見ることはできなくて光の着ているコートのボタンを見た。
「光が好き。」
急に話しかけられたと思ったらそれが告白だったなんて光も思ってもいなかったと思う。
結果も何も聞いてないのに鼻の奥がつんとして、ぽろりとこぼれた涙が頬を伝った。ぎゅっと掴んでいた腕の力が抜けて、力なく腕をおろす。
ぽん、と光の手が私の頭の上に置かれた。そのまま髪の毛をぐしゃぐしゃにされて、「あほ」と光は言った。
反論しようとして上を向こうとしたら光の手が私の頭を抑えてて光の顔を見ることができなかった。ぐしゃぐしゃになった私の髪をとかす指は優しくて、少し震えていた。
「ごめん」
ぽつりとつぶやいたその言葉は散々予想していた言葉で、ぐさりとではなく、じくじくと、開いた傷から血が出るみたいに私のなかに広がっていった。
「うん、こっちこそ、ごめん」私がそう言って、歩きだそうとしたら今度は光に手を掴まれた。
「人の話は最後まで聞きや」
「え、」
最後までって言ったってごめんなんて言われたらそれで終わりだと思うよ、と心の中でつぶやいた。掴まれた手は冷たくて、私の手だけあついのが分かってしまうのが嫌で、
だからといって振り払うこともできなくて私の手の温度で光の手があったかくなっていくのを感じていた。
「今は、時間が欲しい」
「・・光は、先輩の事が好きだったんでしょ?」それなのに時間が欲しいなんて、ひどい。また涙が流れた。ぎゅうと掴まれた手が離れて、私の背中に光の腕がまわされる。
「ごめん」
私のことを抱きしめながら光はそう言った。
そのごめんは何に対しての謝罪なの?抱きしめたりしないでよ、そんなことされたら期待しちゃうから。苦しくなるから。やっぱり好きなんて伝えなかったほうがよかったのかもしれない。そうすれば今までのままでいれたのかもしれない。
「ひかる、好き」
ごめんね、大好きだったんだよ、ごめんね、もう少しだけこのままでいたいよ。
寒空
|121223 ちさと|