その日は、なにもかもが最悪だった。

朝、7時に起きて7時50分に家を出る、というのが毎日のことだったのだけど今日は目が覚めたのが7時45分(正確には6時40分に目が覚めたものの二度寝した)。
あわてて飛び起きた私は制服のワンピースに袖を通して鞄と携帯だけ掴んで家を出た。どうにかHRのチャイムが鳴る2分前に教室にたどり着いたものの、 朝から全力疾走。へとへとになりながらふと足元を見ると靴下のワンポイントが左右違うのに気がついたのだ。
本来二人でやる日直はもう一人が今学校中で流行っている胃腸炎で欠席。おかげで授業前に行う準備も全部私一人でやらなければならなかった。

(今日は授業が終わったら早く帰ろう・・・)


HRが終わって帰ろう、と鞄を掴んで教室を出ようとしたときに担任に最後の日直の仕事だ、と声をかけられて明日配る配布物 を印刷室から教室に持ってくるようにと言われた。
しょうがなしに1階にある印刷室に向かう。階段を下っているときに窓の外の雲色が怪しいのが見えて、まさか・・と嫌な予感が頭をよぎり私は印刷室へ向かう足を早めた。 配布物の量が多く、思っていたよりも時間がかかってしまって、そして窓の外を見ると予想的中――。大粒の雨が窓を打ち付けるように降っていて、 私はこの雨が通り雨であることを願いながら自分の荷物を取りに戻った。


どうやらこの雨は通り雨ではなかったらしい。空は絵の具をこぼしたみたいなグレーだった。先ほどを変わらない強さで降る雨を見て「傘、ないし」とつぶやいた。

さん?」
濡れて帰ろうと覚悟を決めて靴を履いている途中の私に声をかけたのは同じクラスの白石蔵ノ介くんだった。一回だけ席替えで隣の席になって、それからよく話すようになった。 男子テニス部の部長をして毎日部活に精を出している彼がなんでこんな時間にここにいるのかと聞いたら「この雨で、今日の部活はお開きになったんや」と答えた。



「傘、持ってへんの?」
「うん、朝寝坊しちゃって」
「あぁ、なんか言うてたなあ。靴下、違うの履いてきたんやろ?」

白石くんはくすくす笑いながら靴を履いて、持っていたラケットバッグを背負い直すとまた私に喋りかけた。


「傘、入っていかへん?」
「え?」
「確か、方向同じやったろ」


そんなことをしたら彼の事が大好きできゃあきゃあ言っている女の子たちに何をされるかわからないけども背に腹は変えられない。 雨は、止みそうにない。

「じゃあ、おじゃまします・・」
「そうと決まれば早よ帰ろか?夕立でもきたらそれこそ最悪やし」

そうか、夕立がくる可能性もあるんだ。あれだけ日中暑ければ夕立がきてもおかしくない。私は白石くんの傘におじゃまして、学校を出た。



白石くんは自分の傘なのに私が濡れないようにか少し外側に寄ってくれているあたり、すごい紳士だなと思う。 私が遠慮して外側に寄ると「自分、濡れてまうで、入り」と声を掛けてくれた。
傘の中ではテニス部の話とか、今日の授業の話とか、他愛のない話をした。途中、ここまででいいよ。と言ったけど白石くんは「ここまで来たんやから、家まで送るで」と 、また紳士みたいなことを爽やか笑顔で言ったのだ。――雨が、少しづつ弱くなってきた。



私の家の前に着く頃には雨はすっかり止んでいた。

「今日は本当にありがとう。なんか、お礼するよ」
「これくらいお安いご用や」

お礼なんて、と言いかけて白石くんはいややっぱり、と言い直す。 白石くんがよろこぶもの、うーんなんだろう・・・とぼんやり考えていると白石くんは思い立ったように口を開いた。



「部活、見に来いひん?」
「え、そんなことでいいの?」

「そんなことって言うなや、そうやなあ、あと」
「あと?」



「俺と、付き合ってくれませんか?」

突然のそれに私は目をぱちぱちして「え、あ・・?」と随分気の抜けたと声が出てしまった。 最悪だと思っていた今日という日は、一番最後の最後で最高の驚きを連れてきた。






(120924 │ ちさと)



inserted by FC2 system