にやりと笑った。




午前10時50分、退屈だった生物の授業が終わる。テニス部の朝練があるとわかっていながら昨日は遅くまでDVDを見てしまったのだ。 うとうとしながら聞いていた授業は頭の中に残っておらず、ノートには字は書いてなくて書いてあるのは走り書きのような、線がいくつもあっただけだった。

終業のチャイムが鳴ってぼんやりとしていた頭がはっきりしだす。次は、移動教室だ。
ロッカーから次に使う古文の教科書を取り出しながら、は「あっ・・」とつぶやいた。(辞書、必要だったよね、 確かこの前の授業終わりに先生が言っていた気がする・・)

私は筆記用具だけを持って3年2組の教室に急いだ。
「あっ・・!蔵!」
3年2組の教室をちらりと覗くとちょうどお目当ての人。休み時間中のざわざわした教室にもかかわらず声をかけると彼はすぐに私のところに来てくれた。

「蔵、古文とってたよね?古語辞典あったら貸してほしいんだけど・・」
「なんや、そんなことか。ええで、ちょっと待っとき」

そう言うとすぐに自分のロッカーに行き、辞書をとってきてくれる。それを私に手渡しながら「今日使わないから部活の時にでも返してくれればえぇよ」と言った。
「よかった〜ありがとう!」
受け取ってちらりと2組の時計を見ると授業開始まであと5分だった。「じゃあ、借りるね!」と言って教室を出る。ざわざわした廊下を走り出すと聞きなれた声で自分の名前を呼ばれた。

「ユウジ?」
恋人のユウジに声を掛けられて、顔を見るとなんだかいつもより不機嫌そうな顔をしていた。
「白石と、何話してたん」
「え?あぁ、私次古文なんだけど辞書忘れちゃって、蔵も古文取ってるから借りたの」
「辞書なんて、俺に借りに来ればええやろ」
「そんなこと言ったって、ユウジ古文とってないでしょ?」

「そんなん俺が、」

途中でユウジはしゃべるのを止めると私の腕をぐいと掴んでずんずんと廊下を歩き出した。 向かっている方向が次の授業で使う教室とは反対方向なのに気づく。
「ちょ、っと、ユウジ!離してよ!私、あっちなの!」
そんな事を言ってもユウジは聞く耳も持たずにわたしの腕を掴んだまま、進んでいく。そのまま連れて来られたところは普段使っていない空き教室だった。 ご丁寧に彼は教室の鍵まで掛けている。掴んでいた手が離されて、「ねぇ!ユウジ!もう、授業始まっちゃうよ」と声を掛けたものの今の彼に私の言葉は彼を苛つかせるだけのように思えた
ぴんと張り詰めた空気を破るみたいに授業のチャイムが教室に鳴り響いた。ユウジは私を追い詰めるみたいに距離をどんどん縮めていく。
私の顔のすぐ横に彼の手があって。 ここまで近いと顔を見るには少し見上げないと見えない、くいっと顔をあげて、彼と目を合わせた。怒っているのかとばかり思っていた彼はすごくばつが悪そうな、それでいて辛そうな顔をしていた。

が、」
「ユウ、ジ」
が他の男と喋ってるの見とるとどうしようもなくなってしまうんや」
たとえそれがうちの部長でも、と付け足して、腕を降ろす。ばさり、と音を立てて蔵から借りた辞書と筆記具が床に落ちる。ごめん、蔵。心のどこかで謝りながら私はぎゅうっと彼に抱きつく。

「・・・ありがとう、だいすき」
私が好きだとか言うのは珍しいからユウジは驚いていた。恐る恐る回された腕の感触を感じて、繋がれた手のひらを握り返すみたいにさっきよりも強く抱きついた。

「はぁ・・お前、ほんとなんやねん」
「・・・え?」
「急に、そない可愛いこと言うなボケ」
「え、えぇ?」

抱きしめられたまま首筋とか頬に何回もキスを落とされて、ちゅ、と唇が離れる度に漏れる彼の吐息がかかってぞくぞくと全身が粟立つ。
「本当は授業始まったらすぐ帰そうと思ってたんやけど、あんまりが可愛いこと言うから離したくなくなった」
「・・・も、う」

その言葉を聞いたユウジはにやりと口角をあげて、私の耳元で囁いた。
「俺は、嫉妬深いんやで・・?今、から教えたる」


3限目は、まだ始まったばかり。

│120922 くろぬんに愛をこめて! │ユウくんむずかしかったよ!
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